アマノジャックなイジリアンのDAXと申します。CS系のMDやCTが大好きです、21年からはCT125に夢中でFBも始めました。

2018年08月

通快5号Rキャリア再交換

18年8月

今日は代休になった、やっと自由な時間が持てたが身体が重く気合いが入らない(>_<)。青CTのエキパイ交換の宿題をしたかったが、通快5号の補修が優先だった・・。

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前から気が付いていたBOXですが後側に傾き、センタースタンドを立てる度に純正オーバーキャリアが経たって気分が悪かった。

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約1年2ヶ月も横着して我慢したが、やはり黄CDや青CTで使っていた社外品オーバーキャリアへ交換する事にします。

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裏側のボルトにスパナが掛からないので、一旦純正キャリアを外した。カスタムはこの造形がスタイリッシュで良いですね、シートも5月に新調していました。

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このキャリアは頑丈で重いが、経たるよりはマシだと判断した。カスタム用の大型キャリアは、なんで何処も作らないのだろう?。

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たったこれだけの補修でも2時間も費やした。日陰での作業だし台風接近で適度の風で心地よかったが、もう緊張が切れて作業終了。

先日の洪水や連日の熱風でSUS部品の錆が酷くなっています。台湾スポークやFキャリアも錆びが出て、更に粉塵埃が付着して増殖していた。真鍮のワイヤーブラシやケミカル剤でケアするも、腐食窪が出ると戻らない。やはり空気自体が良くないのだろう、早く足を洗わないと身体まで蝕まれそう・・・・・・・・・。


      

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通快5号マフラー交換

18年8月

連日の猛暑で暑い熱いと言いながら、8月は公私共々に大忙しの毎日です。

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台風が去ったある日、山道をパトロールすると洪水の影響で大きく削れ不通に成っていました(>_<)。

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火星の大接近とかで、月との共演が肉眼でも楽しめます。

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早朝からの勤務では、心ならずも工業地帯の朝日が楽しめます。

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当然ながら夕日も普通に目に入り、白内障には益々と悪影響を感じてしまいます。

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父の初盆もあり、3連休を獲って喪主の務めも果たしました。

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早朝バイク通勤のある日は、脇道から飛び出した車と接触転倒!。年配の夫婦でしたが、膝を擦り剝いただけだったので、電話番号を交換して一旦別れ勤務を優先しました。(自転車と軽パトは無関係です。)

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通快5号はFフォークに当たり、レッグシールドが割れました。まあ真っすぐ走るので歪みは無いと思います。夕方に再会して示談交渉し、新品のレッグシールドを買う事で了承しました。

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風化が酷く交換する予定だったので、請求する心算は無かったのですが、相手の気が済むように納めました。

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ここで以前から入手済みだった、ナナカンマフラーを出しました。これは絶版品でずっと探していましたが、90用の出物がなく50用で妥協しました。

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50用でもエキパイが細いだけで、サイレンサーは共通みたいです。今までのCPスポーツマフラーとの比較ですが、エキパイはほぼ同じ太さですね。

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やっとレッグも新品に交換しました。インナーラックとベトキャリを同時に装着するには、ボルトを挿すのに神業(笑)が必要です。狭い部分で指先がどれだけ痛いか、遣ってみれば判ります(爆)。

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ナナカンマフラーはノーマルチックで良いですね。音は低音ですが、CPよりは音量が上です、同じくSUSなので錆びに強いのかテストが楽しみです。CPは段々と腐食が進み磨き直しが必要になりました。

高回転の伸びは今後のテストで比較しますが、エキパイの太さは充分な気がします。さあ次こそは青CTの整備もしなければ、早く涼しくならないかな・・・。


ロングバケーション’82 ラストラン

18年8月

連日の猛暑で家に篭り82年の回顧録を続けていました、いよいよ長旅の終わりです。

82年8月24日

今朝は宮城県牡鹿半島の金華山付近に居ました。山形県の天童・蔵王を通過してやっと沖縄県を除く全県制覇を達成できたのです。ここで遊ぶのに疲れ果て帰宅を決意したのでした。

夕刻に東北自走車道の白石ICから高速に乗り、一路九州まで走るつもりでした。

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当時東北道は全線開通しておらず、白石~浦和間295Kmで終了、レシートに時間が出ないのが残念です。下道を走って首都高へ乗り継ぎました。

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学生時代に慣れ親しんだコースだったので、わざと遠回りしながら東京タワーの夜景を拝みました。そのまま東名高速へ通行券の時間は東京ICが20:52でした。仮眠しながら夜通しで走り続け写真も無しです。

8月25日

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名古屋を通過して名神高速へと続きます、養老SAを過ぎた地点でFX-Ⅱが20,000Kmを達成!、時刻は05:45と記録していました。

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名神高速と云えばこの場所が忘れられません。東海道新幹線と並走する木曽川鉄橋が強烈なのです。約3Km以上も続くので新幹線と勝負する絶好のポイントです。79年にもCB500改(600cc)で挑みましたが、置き去りにされたのを覚えていました。今度こそはとタイミングを見計らい、上手く全開加速に成功し窓の顔が見える速さで並びました。まあ今となってはどのタイプの新幹線だったのかも判りませんが、ふわわ位で並べたと留飲を下げました



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草刈正雄の演じた77年のTVドラマ「華麗なる刑事」で、オープンカーから並走する新幹線を狙撃するシーンが焼き付いていた場所です。多分もう二度と実現不能の若気の至りでした・・・。


草刈正雄と云えば「汚れた英雄」も82年12月公開でした。平選手が吹替えなど話題になりましたが、あの曲は「水曜どうでしょう」で再燃しましたよね♪。色々とリンクして楽しい時代でした。

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そのまま中国道に入るつもりでしたが睡魔が襲い、東京~西宮間536KmでギブUP、神戸から阪九フェリーに乗る作戦に変更しました。

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ポートアイランドホテルメリケン波止場で最期の記念写真。自己最高の1日で約1,200Kmの最長不倒記録となりました。白石~西宮間の通行料金だけで14,300円も掛かっていました(>_<)。

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夕方のフェリーに乗り、8月26日の朝に帰還しました(^^)v。7月27日に出てから丁度1ヶ月のロングバケーションでした。

全走行距離や燃費・費用等はメモを無くしたので忘れました、でも今さら調べ直す意味は無いです。振り返ると更に1ヶ月でも遊ぶ余裕があったのに、勿体ない過ごし方でした。やはり精神的に未熟で、時間の大切さが身に付いてなかったと自己分析しました。


ロングバケーション’82 東北編

18年8月

早くも8月に突入、1年が早過ぎると感じます。連日の真夏日で、自宅のエアコンは夜間も入れっぱなし、温度調整が難しく汗と寝冷えで体調不良が続いています。

82年8月20日

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函館からフェリーで大間に渡りました、この時点で単騎なのでT君とは北海道で別れたのでしょう。直ぐに本州最北端の大間崎で撮影しましたが、ここで日没が近かったのに、泊まった場所が思い出せません。しかし当時はマグロが有名とかは聞かなかった気がします。

8月21日

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この日は朝一で念願の恐山へ行きました、何とも不気味な場所で霊感が強い方は避た方が無難です。

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先ずは三途の川ですと、当に地獄です入る前は好奇心旺盛でした。

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荒涼とした場所で硫黄臭が漂い、血の池地獄とか賽の河原など薄気味が悪くなりました。

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海みたいに見えるのは宇曽利湖ですが、酸性で生き物が殆ど居ないと聞きました。場内には温泉も在りましたが、長居は無用と1時間位で見終えました。まあ2度と行かない場所なのは確かです。

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下北半島から今度は青森駅ですが時計は既に13時半です、次は津軽半島を目指して先を急ぎました。



青森と云えば「ねぶた祭」↑です。過去には北九州でも、門司港の海峡祭りや、スペースワールドでの博覧祭で見た記憶がありますが、本場青森で何時かは見たいと願っています。

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そして青函トンネル工事中の竜飛岬へやって来ました。


この時点で映画『海峡』は公開2ヶ月前で、詳しい内容を知らないままの聖地巡礼でした。

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竜飛の灯台でFX-Ⅱの元祖であるザッパーZ650氏と遭遇、暫く一緒に走りました。

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この映画の時に健さんは51歳だったとか、今の私は60歳なのに何を遣っているのか情けない・・。吉永小百合さんとは『動乱』以来の共演でしたが、居酒屋のシーンは『駅』に及ばない感じがしました。

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竜飛岬も行止まりなので、同じ道を戻りましたが素掘りのトンネルなど、映画のシーンが楽しめました。日本海側に出るまで迂回を余儀なくされ、北海道より流れが遅いし青森県は相当に時間を喰いました。

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泊はYHのガイドブックで探した深浦でしたが、五能線の観光で人気がある様でした。お寺のYHで足を洗わないと入れず驚いた記憶があります。

8月22日

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ついに初の秋田県入りです、小学校の社会科で習った大潟村を通過しましたが、日本とは思えない大規模農法でその巨大さを実感しました。

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次は男鹿半島を周りました。生憎の雨で折角の景色やワインディングが残念でした。

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大好きな灯台巡りで9ヶ所目の入道崎も制覇、最後の塩屋崎は未だに行けていませんが・・・。

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日本海側はここまで、今度は主な湖巡りで田沢湖へ向かいました。

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まあ記念写真を撮っただけです、雨だったので印象が薄かったかな・・。

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虹を見ながら岩手県へ入り、夕食は子供の頃から挑戦したかった盛岡わんこそばを喰いました。

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当時1.8博文でしたが60杯でギブUP。後で聞くと成人男子の面目下限との事でした(>_<)。それから盛岡YHに泊まりましたが、事務的で情報交換も少なく、北海道とは対象的な東北の暗さを垣間見ました。

8月23日

今度は陸中海岸が見たいので、太平洋側の海岸線を走るべく宮古へ抜けるつもりでした。しかしタイヤの減りが限界近く、大きなバイク屋を探しながら4号線を南下しました。そこで無事に新品のタイヤへ交換を済ませ、釜石からやっと海岸線を走れました。

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殆ど予備知識がなかったので、淡々と走っただけです。気仙沼岩井崎潮吹岩へ寄りましたが記憶は残っていません。

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そして主な半島巡りとして牡鹿半島へ突入、何故か先端の金華山に惹かれていました。

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この日はこの旅初めて民宿に泊まりました。何だか惰性で走っただけで、全く想い出が無いのは何でかな・・?。

8月25日

東北は単なる帳面消しみたいな通過で、思い入れが少なかったと反省しています。この先は日本三景松島に寄りました。宮島天橋立は以前に訪れましたので、これも最後の仕上げでした(^^)v。

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ここに来たら民謡の歌詞にある瑞巌寺も見なければですよね。

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まあ日本三景をコンプリートしたので満足しました。

最後は沖縄県を除く全県制覇のラス前になる、山形県へ踏み入れました。

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天童市は将棋の産地で駒のオブジェが印象的でした。

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その後は蔵王も周りましたが、お天気に恵まれず絶景のお釜↓は見えませんでした。

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こまくさ平帰らずの滝とかも見ましたが、これも完全に忘却の彼方です。何だか義務的に走っただけで、旅の感動を噛み締める気分が弱まり、急激に情熱が冷めた感じでした。

また宮城県へ戻り、高速の白石ICから帰路に着いたのでした。

もう少しつづく

monoマガジン

18年8月

連日の猛暑でバテ上がっています、久々に雑誌を買いました。

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拘りの雑誌がカブを特集しています、やはり60周年の便乗でしょう。

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カブの記事は半分以下ですが、楽しめる内容だと思います。

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中でも釘付けはこの写真、吉永小百合さんがカブに乗っています。映画「青い山脈」のシーンでこれはOHVのC105です。原2の免許も持っていたのですかね?、それにしても初々しいです。



凄い映像↑も公開されていました、これは貴重ですね(^^♪。

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高倉健さんとも共演した好きな女優さんですが、カブとも縁があったとは奇遇です。

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ベトナムの写真も紹介されています。アオザイに目が行きますが、実際に自分で行かないと帳面が消えません(笑)。

やはりこの雑誌はお薦めします(^^)v。


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